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新たな価値を創造します!-横浜クルーズ物語
 ~株式会社ケーエムシーコーポレーション
   代表取締役 熊澤喜一郎(くまざわきいちろう)氏

2010-12-27

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熊澤喜一郎さんは、バブル崩壊後の厳しい時期に、父親から、国際貿易港・横浜を拠点とする4つの会社を引き継いだ。LPGガスや石油化学品を国内の石油会社や化学会社に届ける内航輸送業務を営む「熊澤海運株式会社」と「共栄ライン株式会社」。石油販売事業を営む「大洋石油株式会社」。そしてもう1つが、船好きの父親が始めたマリーナでの船の保管業務を営む「株式会社ケーエムシーコーポレーション」だ。さて、どう引き継ぎ、変革していったのか。熊澤さんの新たな価値づくりへの挑戦をみてみよう。



会社を引き継ぐということ

「引き継いだものを最初から否定してかかってはいけません。受け入れ、理解し、その上でどう事業を展開していくのかを考えていくことが大切です」と熊澤さんは落ち着いた口調で語る。
 「会社には社員がいて、その社員には家族がいます。ですから簡単にやめるわけにはいきません。継続していくんだという強い意思と信念を持ち続けながら、自分の想いを具現化していくことです」
 熊澤さんはその言葉どおり前向きに取り組んでいった。厳しい時期だからこそ、次のステージに向かうときだと覚悟を決めた。それぞれの会社の強みと弱みを分析しながら、いかに強みを伸ばしていくかを考え、事業を思い切って整理し、いいところだけを残すことにした。人についても、それぞれがやっていることを把握したうえで、今いる人材をどう活かすかを考えながら人事異動を行った。では、熊澤さんが進めていった変革を、(株)ケーエムシーコーポレーションの事業展開を通して、具体的に紹介しよう。



マリーナ事業からの展開

(1)マリーナ保管業務~船を預かる~
 横浜・鶴見区大黒町にあるマリーナで、船のオーナーたちから船を預かり保管する事業を行っていたが、バブル崩壊後、船を手放す人が続出、それに追い討ちをかけるように、近隣に横浜市が出資する「横浜ベイサイドマリーナ」ができたため、オーナーの多くがそちらに移り、事業の継続が危ぶまれていた。しかし熊澤さんはマリーナを手放そうとは思わなかった。「マリーナを使ってなんとか事業を成り立たせようと考えました」



(2)会員制マリンクラブ~船の所有からシェアへ~
「ほとんどの方は船を所有していてもたまにしか乗りません。ところが船というのは、乗らずに置いておくと不具合が生じるので、いざ乗ろうとするたびに修繕費用がかかります。そこで、発想を変えることにしました。船を所有して使うのではなく、私どもが所有する船を会員にシェアして使っていただくという仕組みへの変更です」
そのような考えで1994年にスタートした"会員制マリンクラブ"だったが、自分の船ではないという安心感からか、船を乱暴に運転するケースがあり、想定していた以上に船が傷むので、事業として広げていくには難しい点もあった。



(3)クルーズ事業
(1)パーティクルーズ~貸し切りクルーズへの展開と新しい価値の提供~
 「船にキャプテン(運転士)をつけて貸したらどうだろうか」。これまでのサービスはお客様が船を運転して楽しむというものだったが発想を変えてみた。「運転はプロに任せ、お客様には貸し切りの船でシンプルにクルージングを楽しんでいただく"パーティクルーズ"というサービスを考え出しました」。このサービスのヒントは屋形船だ。「東京・お台場に停泊している何十もの屋形船を見て、市場があると確信しました」
cruise.jpg マリーナの役割は基地。そこから同社所有の船が出航する。お客様は主に横浜港の3つの桟橋から乗降するが、東京湾の桟橋も利用できるようにし、お客様の希望にあわせていつでもどこへでも行けるように態勢を整え、1998年からパーティクルーズの事業を開始した。
 「クルーズ事業の成否のカギは稼働率。ですから、お客様に海や船の新しい価値を提案して、クルーズの需要を生みだす必要がありました」
 まず"ウェディングクルーズ"というサービスを展開。次に誕生日のお祝いやプロポーズをするときなど特別な日にカップルで利用していただく"2人だけのクルーズ(商標登録)"というサービスを商品化した。
「船の内装には女性スタッフの意見を積極的に取り入れました。採算を合わせつつ、ホテルと同等の食事を船内で提供するにはどうしたらよいか、いろいろと研究しました。このほか、桟橋近くのレストランと契約して、食事を済ませてから乗船するパターンをつくるなど工夫を重ねてきました」。現在では、年間100組もの利用があるという。



(2)スターライトカクテルクルーズ~乗り合いクルーズへの展開~

船は稼働させることに意味があるという考え方に基づき、2003年から乗り合いのクルーズ事業"スターライトカクテルクルーズ"も始めた。「乗り合い、つまりシェアにすればリーズナブルな料金になるので、より多くのお客様にクルージングを楽しんでいただけます。ですから船内でお出しするのは飲み物だけにしました」。現在、"カフェシップ"と名前を変えて、2つの桟橋から1日に7回出航している。



(3)工場夜景クルーズ~乗り合いクルーズによる新しい価値の提供(その1)~
 そして熊澤さんが提供する最新の価値が"工場夜景"である。クルーズを通じてもっと新しい価値をお客様に提案できないかと考え始めていた頃、夜景評論家の丸々もとおさんから「工場夜景」というアイデアを得た。「工場は汚くて見る価値のないものと思われていますが、実は夜の工場というのは、ものすごい光を放ち大変美しいものなんですね。私も港を行き来しているのでその美しさを知っていましたが、丸々さんから教えられるまで、工場夜景に価値があるとは思いつきませんでした」
2008年の6月よりスタートした"工場夜景クルーズ"は大ヒット。現在予約は3カ月待ちとなっている。
 「新しい事業やサービス、商品といったものが、本当にお客さまに受け入れられるものなのかどうか、それを考えるうえで重要なのが"必然性"です。工場夜景クルーズの場合、船だからこそ工場の近くまで行くことができるし、工場の光が海に反射する景色を見ることもできます。そこに工場夜景クルーズの必然性があるということです。もう一つ大切なことは、サービスや商品が持つ必然性をお客様に上手くお伝えし、理解していただくことです。この二つが整えば、お客様に支持されるようになっていくはずです」



(4)横浜 今と昔探検クルーズ~乗り合いクルーズによる新しい価値の提供(その2)~
「直接お客様と接する営業部長や女性スタッフたちの意見は、どんどん取り入れています」。そのスタッフたちから、昼間のクルーズも企画してはどうかという提案を受け、出来上がったのが産業編と歴史編の2つのツアーからなる"横浜 今と昔探検クルーズ"だ。
「"昔"にあたる歴史編ツアーの目玉はペリー・ポイント(商標登録)です。横浜に来たペリー艦隊が洋上で停泊し、江戸幕府を威圧した話は有名ですが、その場所がどこなのかははっきりしていませんでした。私どもはそこをつきとめ、ペリー・ポイントと名づけました。ペリー・ポイントまで船で行き、ペリーが目にした150年以上前の鄙びた寒村・横浜村の状況などを聞きながら、現在の横浜港を見るという趣向になっています」
「"今"にあたる産業編ツアーの目玉はガントリー・ポイント(商標登録)です。本牧埠頭のキリンのようなガントリー・クレーンが、貨物船のコンテナボックスを釣り上げ、地上で待機するトラックにコンテナを下ろす様子を見に行くツアーです。ガントリー・クレーンの巧みな動きに歓声があがります」
この2つのツアーにも、"船でなければ行けない場所"という必然性がしっかり盛り込まれている。



横浜港の活性化と今後の事業展開

現在、横浜港は、本牧埠頭と大黒埠頭を結ぶベイブリッジの外側と内側で棲み分けがされつつあるという。外側は国際貿易港としての働く場所であり、内側はリラックスして余暇を楽しみ遊べる場所。「私たちはその内側をもっと変えていきたいと考えています。街の中心地にヨットハーバーがあるモナコのように、横浜港の内側にヨットやクルーズが停泊するようになる、といったイメージです。観光地としての価値を高めることが横浜の活性化には重要だと考えているからです。横浜港の内側から外側の工場へ向かう、私どものクルージングツアーも観光地としての価値を高めることに非常に貢献していると自負しています。今後も、"新たな価値を創造する"というミッションのもと、会社自身も変化しながら、"船"を切り口に事業展開をしていきます」と熊澤さんは抱負を語った。



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横浜信用金庫からのメッセージ

 熊澤さんは、当金庫が主催する「経営革新塾」の修了者で、マネジメントをきちんと実践できる有能な経営者です。パーティクルーズ、スターライトカクテルクルーズや横浜 今と昔探検クルーズなど優れた事業プランを案出できるマーケティング・センスにも長けた方です。

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