続けることで広めていきたい。
伝統的な技法を新しい感覚・発想で表現した『せと組子』
~木工房「玄翁屋(げんのうや)」
山田 典幸(やまだ のりゆき)氏
2011-01-20
もともとは普通のサラリーマンをしていた。デザイン、企画、製造、営業まで何でもやっているうちに、自分でものを作りたいと思うようになっていった。そんな山田典幸さんが木工の世界に入り玄翁屋をはじめるに至ったきっかけは、相談した上司からのひとこと。「君だったら木工とかに向くんじゃないかな?」
会社を辞めたのは27歳。木工や木材造形の技術を学ぶ専門校で1年間勉強し、それから店舗家具や収納家具などの下請け製造を営む地元の木工所に10年間勤めた。木工所で、欄間(らんま)や障子などに組み付けられた『組子』に触れる機会があった。その時はただ漠然と「なんかいいな」と感じていた。
(※『組子』とは、細かく割ったヒノキやスギなどの木材に、溝、穴、ホゾ加工を施し、手作業で組み合わせ、釘などをいっさい使わずに、格子状や幾何学文様など様々な模様を編んでいく伝統的な技法)
しかし、組子は建具屋さんの仕事として棲み分けされていたため、建具ではなく家具を作る自分にはできないと思い込んでいた。そんな山田さんの運命を大きく変える出会いが訪れる。組子をやっていた建具屋さんが、近くで廃業することになったのだ。その職人さんはもう高齢だったので、技術を教えてもらうことはできなかったが、組子に必要な機械を譲ってもらえた。組子の作品も少し分けてもらえた。「渡りに舟じゃないですけど、本当に嬉しかったです。このめぐり合いは大きかったですね」
分けてもらった組子を分解して、独学で研究をしながら組子を作り始めた。最初は趣味のようなものだったが、徐々に「これは自分が作っていきたいものになるな」と感じるようになっていった。「これ、もしうまくいけばいいものになるんじゃない?」。周りのそういった言葉の積み重ねが、さらに山田さんの背中を押した。
最初から「最終的には自分で工房をやりたい!自分でやるぞ!」という強い意識もあった。組子を作り始めて4~5年が経った2009年3月、木工所を辞め、自宅のガレージを改造した工房をたちあげた。「10年っていう区切りが大きかったです。もともと会社勤めをしていたので、木工を始めたのが遅かったんです。これ以上は時間がない、という時間的なことも独立のきっかけとしてありました」
山田さんは、自らの作を伝統工芸とは考えていない。「本職の方には申し訳ないですけど、自分は伝統技法を知らずに作っているところが多いんです」と笑う。とは言っても、新しい組み方はなかなか見つからないので、伝統的な組子を勉強して、そこからの発想を大事にしているのも事実。色を変えたり、形を変えたり、大きさを変えてみたり、つながっていないといけない部分を切ってみたり、1本だけ抜いたりずらしてみたり...。少しずつ少しずつ自分らしい形に変えていく。伝統的な組子を作る建具屋さんがびっくりするような組み方も、その伝統を知らないがゆえにできることがたくさんあった。
山田さんが大事にしているのは、デザイン性とわかりやすさ。「少し大ざっぱな感じでも、別の雰囲気が出せるもののほうが好みなんです。細かければ細かいほど作った感じが出るけど、細かくし過ぎると絵画的になって昔っぽさが出ちゃう。伝統工芸っていうのは、その伝統が足かせになって、技を見せることに重きを置いている気がして、僕のやりたいことじゃないなって。だから自分のやり方でやっていこうと思っています」
山田さんは自分の作品を『せと組子』と名付けている。こういうことをやっているのは瀬戸では自分しかいないとの思いがある。「ブランドじゃないですけど、瀬戸のまちを表現する1つになればいいかな。クラフトが盛んなんだなって思ってもらえれば、瀬戸に興味を持つ人も出てくるでしょうし。瀬戸という名前は、陶器のおかげでブランド力があるので、そのあたりを利用しながら、というのもあります(笑)」
(※クラフトとは、手芸品、民芸品、工芸品、ペーパークラフトなどの工作物の総称)
「木を組んでできているっていうことがわからない人が多いと思うんですよ。組子というものがどういうふうにできているのか、それを知ってもらえると「あっ、そうなんだ!」ってなる。だから、いまは組子のことを広めたいというのが大きいですね。存在を知ってもらえないと買ってもらえないですから」と山田さん。ショップに置いてもらったり、瀬戸市の公営施設である"瀬戸蔵"にブースを借りたり、クラフトフェアに出展したりすることで、組子を少しずつ広める活動をしている。既に行なっているブログでの情報発信に加えて、ウェブサイトも準備中。「組子がどういうふうにできているか、構造や段取りを見せてあげると深みが出るかなと思っています」
いま山田さんは1人で工房を切り盛りしている。
「小回りが利きますね。自分がやりたい方向に持っていくには、人の意見を考えなくていいのでやりやすいですよ」
当然大変なこともある。「もの作りのほかに、お金の計算、ブログの更新や、イベントに行くこととか。自分で何でもやらなきゃいけないので、時間が足りなくて、どうにもならない時もあります」。イベントに出展して、作品が売れるのは嬉しいものの、次のイベントまで仕事が埋まっていて、新しい作品を作る時間がなければ、そのまま出展せざるを得なくなる。「どこにどう仕事をあてはめていくか、なかなかうまくいかなくて難しいですね。組子みたいにうまくはまるといいんですけど(笑)」
そして、怖いのはケガ。昨年も指を2本痛めてしまい、作業ができない時期があった。「もう少し軌道に乗って、誰かに手伝ってもらえるようになったら、そのあたりは楽にはなるんでしょうね」
いまは組子の他に、家具作りの仕事も並行して続けている。「組子の評価はまだまだ低いな、と思います。値段が安い。その価値をわかってもらえるようになるまでは続けないといけない。そのためには、まだしばらくは家具との2本柱ははずせないですね。それに家具作りの中でも、組子を提案したりできますしね」
瀬戸というまちは、昔からもの作りが盛ん。「ものを見る目が肥えているので、まちの中で売るのは大変なんです。でもまちの人たちは、もの作りをしている人が多いのを知っているから、たくさんのクラフト作家を盛り上げようとしてくれる。そういう場には必ず僕も参加しようって思いますし、そのつながりを持ち続けていきたいですね」
山田さんを囲むお客様や友達、以前勤めていた木工所の仲間、クラフトフェアで会う仲間とのつながりも大きい。「周りの人たちから、今度こういうことをやってみるといいんじゃない?とか、こういうのを見たことがあるよとか、いろいろと情報を仕入れたりしてますね」
山田さんは、木工を始めると決めたときから、瀬戸のまちの将来像を描いていた。「陶器やガラスだけじゃなくて、クラフト全般のまちにしていきたいんですよ。もともと陶器の町なので、中心になれるかどうかはわからないですけど、組子もその一員になれたらいいなっていうのはありますね」
そのために、新しい組子をいろいろな形で広く伝えていきたいと考えている。建築屋さんと一緒に組子を使った家を建てたり、全国のショップに置いてもらうことも続けたい。いま試行錯誤している試みは、立体的な組み方。「平面ではなく立体で組むことによって、大きく変わってきます。立体になると、組む順番が重要なので難しいですね。大学は法学部でしたから、実は数学が全然できないんですよ(笑)」
そんな山田さんが大事にしていることは、「やっぱり続けること。続けることによって知ってもらえますからね」。山田さんの思いが、一歩ずつ着実に広がっていくのを楽しみにしていきたい。
瀬戸信用金庫からのメッセージ
「せと・しごと塾」1期生の山田さんの作品に対する想いは人一倍。それは、細かい木と木を格子状や幾何学模様に組合せた組子の美しさや、木のぬくもりに魅せられて入念に開業準備を進めてきた証です。現在は、「組子」という手間のかかる伝統的な技法を新しい感覚、発想で表現したオリジナル作品(家具)を展示会出品などでアピールしています。
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