これが理想の学童クラブ-育て!大倉山っ子
~特定非営利活動法人 横浜子どもプラザ
理事長 吉崎弘紀(よしざきひろき)氏
2011-01-11
少子化といわれて久しいが、東京と横浜を結ぶ東急東横線「大倉山」駅の周辺(横浜市港北区)は、育ちざかりの子どもたちのいる家庭が多い地域。しかし大倉山には、共働き家庭の小学生が放課後を過ごす「学童クラブ」が1つしかなかった。狭い学童クラブに100人を超える子どもたち。限界だった。当時、学童クラブの父母会役員の一人だった吉崎弘紀さんは、役員のメンバーに提案した。「理想の学童クラブをつくろうよ」
"起業家"吉崎氏のルーツ
吉崎さんが起業しようと思ったのは、高校生の時。「サラリーマンに儚さみたいなものを感じて、自分は自営業者になろうと思いました」
しかし、サラリーマンになってほしいという両親の願いもあり、ひとまず吉崎さんは就職する。化粧品会社で、広報や社内研修などのビデオ制作を担当していたが、30歳になる1988年、ちょうどバブルの頃に、独立させてほしいと会社に申し出、了解を得たうえで退職し、株式会社ヒーローズを立ち上げた。「会社といっても自分しかいない、いわゆるSOHOです。同じようなフリーの仲間と組んで仕事をしたり、仕事を融通し合いながらやってきました」。独立した頃は、南青山や六本木など華やいだ場所に事務所を構えていたが、今は携帯電話が普及したので東京に事務所がなくてもやっていけると考え、拠点を生まれ育った大倉山に拠点を移したという。「横浜はおもしろいところで、横浜の人は、横浜の事業者にしか仕事を発注しないんです(笑い)。ですから東京に出て行かなくても、横浜だけで十分事業が成り立つので、最近は私の仕事も専ら横浜です(再び笑い)」
学童クラブとの出会い、そして...
そんな吉崎さんは二児の父。学童クラブとの出会いは、小学1年生なった上の子どもが地元の学童クラブに通いはじめたとき。「学童クラブは、元気な子どもたちであふれかえっていました。無理もありません。大倉山の共働き家庭の子どもたちを一手に引き受けていたからです」
そこで、この環境を改善するため、「まずは学童クラブがどのように運営されているのかを調べてみることにしました」と吉崎さん。
学童クラブには、町内会の代表や民生委員、青少年指導員、小学校長、そして学童クラブの父母の代表からなる「運営委員会」があるが、実際の活動は1年毎に入れ替わる父母会の役員が、場所の確保、指導員の雇入れと管理、保育料の集金や会計処理、市への提出用書類の作成など多岐にわたる仕事を分担しながら運営していた。
「父母会役員に負担が集中するので、一度経験すると二度とやろうとしない。だから運営に継続性がなく、改善すべき課題があってもなかなか対処することができない。そんな悪循環に陥っていました」法人格がないので預金口座などの各種契約は個人名で結んでいたが、それでは万一の場合、背負いきれない責任が個人に降りかかってくる。調べていくうちに、「学童クラブは、法人格をもった組織が継続的に運営すべきなのではないか」と考えるようになったという。
横浜市内の学童クラブのほとんどは、運営委員会に交付される補助金と父母からの保育料で運営されているが、条件を満たせば、社会福祉法人やNPO法人などにも補助金が交付されることがわかった。株式会社を立ち上げた経験のある吉崎さんは、事業計画を描きながら、NPO法人による学童クラブの可能性を模索し始めた。
賛同者を得て
学童クラブに関わるようになってから3年目、下の子どもが小学1年生になった2005年、吉崎さんは学童クラブの父母会役員になった。でも子どもの数は増え続け、状況は悪化していく一方。役員は毎週集まって、どうしたらよいか話し合っていた。しかし、どんなによい提案を出しても、200人を超える父母たち全員の了解を得ることは難しく、八方塞がりな状況だった。そこで吉崎さんは、「今の学童クラブとは別に、僕たちで理想の学童クラブを新しくつくろうよ」と、これまで温めてきた想いを、父母会役員のメンバーに語った。具体的で説得力のある提案に、みんな関心を示してくれた。
理想の学童クラブづくり
最初は、自分の子どものためにという想いから始まった理想の学童クラブづくりだったが、みんなで議論や勉強会を重ね、関係者の意見を聞き、「理想の学童クラブ」をかたちにしていった。そして、「始めたからには一生自分たちで学童クラブを運営していくんだぞ!」という決意も固まった。2006年に、メンバーとともにNPO法人横浜子どもプラザを立ち上げた。翌年4月には、同NPO法人が運営する学童クラブ「大倉山よいこ」が開所した。
「大倉山よいこ」の保育料は毎月2万5千円程度と、従来の運営委員会方式の学童クラブに比べると1万円ほど高めだが、その分、以下のようなきめ細かいサービスを提供しているので、入所希望者は多いという。
①安心、安全、快適
「子どもたちの迎えや付き添い、IDカードによる出席確認システムを採用するなど、常に安心と安全、そして広い、きれい、明るいといった快適な空間づくりを心がけています」
②平日は22時まで預けることが可能
「子育て中の30代40代はキャリアを積んでいく年代。また夫婦でデートしたりする時間があってもいいと考えています。月曜日から土曜日の間は、親の都合で預けてOK。その代わり、日曜日はお子さんと必ず遊んでくださいとお願いしています」
③父母会がない
「理想の学童クラブについて話しあったときに真っ先にあがったのが、父母会がないということ。子どもと過ごすせっかくの休日を父母会に奪われたくないという思いです。父母会がなくても、お迎えにいらした父母と直接話をしたり、毎月発行の会報誌、アンケートなどで補っています」
④事務処理はプロにお任せ
「次にあがったのは、事務仕事がないということ。運営に関わる事務処理は、賛助会費を使って、専門家にお願いしています」
二足のわらじはどうやって履く?
「運営メンバーは、それぞれ別に仕事を持っているので、学童クラブで生計をたてる必要はありません。ですから学童クラブは収支トントンでやっています」
吉崎さんは、学童クラブの経営に責任を持つ理事長という立場だ。「確かに子どもを預かるというのは責任重大です。だからといってそれを大変だと思ったり、負担に感じたりしたことはありません。もちろん、大きな事故が起きないよう普段から努力していますし、何かあればその時は責任をとる覚悟はできています」
本業と学童という二足のわらじを履くのは難しくないかとの問いには、「年度末など一時的に非常に忙しいときもありますが、元来、忙しいのが好きなので苦になりません。そもそも自分で事業を起こしている人間には休みはありませんから。その代り、ある程度自由がきくし、拠点は両方ともに大倉山なので、空いている時間を上手く使って、本業と学童クラブのバランスを取っています。私は段取りがいいんで(笑い)」
地元の強みを活かして
横浜子どもプラザは、現在、「大倉山よいこ」、「大豆戸よいこ」、「大曽根よいこ」の3つの学童クラブを運営しているが、「実は大曽根よいこだけ、大倉山から少し離れたところにあります。そこの地域の人に頼まれてつくったからです。地元の事情についてはその地域の人がカバーしてくれるというので引き受けましたが、これ以上、他地域に展開していくことは考えていません。地域を知らないと学童クラブの運営が難しいからです。私たちの運営が上手くいっているのは、縦横無尽に張り巡らせた人的ネットワークが強力に機能しているからです。この地元の強みが活かせる、ここ大倉山こそが、私たちの舞台です」
育て!大倉山っ子
3歳のときから50年近く大倉山に住んでいる元祖"大倉山っ子"の吉崎さんは、「浜っ子を育てるのではなく、大倉山っ子を育てたい」と胸のうちを語る。「この辺はマンションも多く、そこに新しく引っ越してきた子どもたちは大倉山のことを全く知らない。そこで、大倉山をもっと知ろうよ!ということで、子どもたちをいろんなところに連れて行っています」。また、吉崎さんのところにはいろんな学校から子どもたちが来ているので、よその学校の子とも友達になることができる。「学校の枠を超えて、大倉山で友達を100人以上つくりなさいと言っています。それが地元をつくるということ、大倉山っ子になるということです」
横浜信用金庫からのメッセージ
自分を育ててくれた「町」大倉山に深く根ざし、地域からの依頼に応じて、相次いで学童クラブを開所している吉崎さん。ご本人は意識していないかもしれませんが、コミュニティビジネス全体の明るい将来を我々に示してくれています。吉崎さんのような「大倉山大好きっ子」がたくさん生まれるよう、これからも活動をサポートしていきます。
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