夢を語れば-演奏家のエルミタージュ「蘭越パームホール」
~NPO法人 花と笑顔と音楽の里
理事長 金子一憲(かねこかずのり)氏
2011-07-22
札幌からJR函館本線で約2時間半。ニセコ連峰などの山々に囲まれた盆地にある農業のまち蘭越町。ここに、ピアニストやバイオリニスト、オペラ歌手など演奏家たちが毎年訪れる、彼らのエルミタージュ(隠れ家)-「蘭越パームホール」がある。ホールを作ったのは、同町で洋品店を営む、金子一憲さん。「町の人たちを音楽で笑顔にしたい」と情熱的に夢を語り、協力者を増やし、実現させていく。人はそれを"金子マジック"という。
到達点ではなく通過点~もう1つ夢を持とう!
金子さんは大学を卒業すると、中学、高校と暮らしてきた蘭越町で衣料品店を始めた。地元農家の人たちのニーズに合わせたきめ細かな攻めの販売が功を奏し、農家の人たちの信頼を得て、売り上げはどんどん伸びていった。そして1989年43歳の時には、町内に大きな店舗を新しく建てることができた。到達点だった。
「ところが次にやるべきことが見当たらなくなってね。これまでは蘭越町にたくさんの商品を流通させようと頑張ってきた。でも町の人口はおよそ5,600人。大きくなるにしても限度がある。かといって新たな市場を求めて都会に出ても、田舎流の商売では上手くいくわけもないし。そこで完全に行き詰まってしまったんだ」と当時の心境を語る金子さん。
自問自答しているうちに次にやるべきことが見えてきた。「これまでは"物"というカタチのあるものを流通させる仕事をしてきたが、これからはカタチのない、人を笑顔にする"サービス"をやろう。店を建てたことは到達点ではなく通過点。今の商売を続けながら、もう1つ夢を持とう!」と金子さんは決意した。
蘭越町に音楽を~コンサートホールを建てよう!
①蘭越町に音楽を「もともと音楽好きでね。音楽なら人を笑顔にすることができると考えたんだ」。金子さんのコンセプトは、クラシック音楽を手頃な値段で、気軽に聴いてもらおうというもの。1991年頃から自らの企画で蘭越町の公民館等に演奏家を招いて、何度もコンサートを開催した。試行錯誤を繰り返すうちに継続していく見通しがついてきた。その一方、演奏家の都合に合わせて、いつでも自由に使える場所がないことが課題になっていた。
②夢を語れば
「それで、コンサートホールを建てようと決心したんだ。どうやって建てようかと考えて、まずはコンサートホールを建てたいという夢を語ることから始めた。1993年から7年間、会う人みんなにかなり熱を入れて言って回ったよ。"俺の夢は、みんなの夢"ということで、地元の人たちを巻き込んでいこうという作戦なんだ(笑)」
③協力者現る
金子さんは慌てなかった。夢を語りつつ待った。そのうちに「俺の土地を使えよ」という協力者が現れた。高校生の時の山登りの先生だった。蘭越町の中心地から少し離れた山の斜面にある土地で、そこからは羊蹄山の頂きがよく見える。すっかり気に入った金子さん。場所をここに決めると、「早速いろんな人を連れてきて、場所を感じてもらった。そうするとみんなもその気になっていくからね」。金子さんは着実に協力者を増やしていった。
④コンサートホールの建設~建築士とのバトル
建設資金は金子さんがお金を積み立てて用意した。「用意したといっても豊富に資金があるわけではないからね。なんとか安く建てられないかと、札幌の設計事務所に相談に行ったんだ。ところが対応してくれた建築士に、お金がないのに建てようと考えること自体間違っていると言われたよ。で、こっちも、予算が少なかろうがユーザーの希望に沿って設計するのが本当の建築士だろうと反論した。挑発して相手のやる気を引き出そうと考えたんだ(笑)」。そこへ設計事務所の社長が現れた。「社長には、私の情熱が伝わり、理解を示してくれた。なんとか方法を考えてみるから3月まで待ってくれって」。果たして、2002年3月、方法が見つかったと社長から連絡があった。知恵を絞って設計された図面をもとに、金子さんは早速建設に着手した。
「自分でできるところは自分でやった。職人さんに頼まなくてはならないところは、屋根にはいくら、水道には、電気には...と、それぞれにかける費用の範囲を決め、その範囲で職人さんにやり繰りしてもらったんだ」。こうして、木のぬくもりのあるコンサートホールが出来上がった。
⑤ホールの備品と名前の由来
「"札幌パームホール"という名のコンサートホールが札幌にあってね。新人の演奏家でも気軽にコンサートを開催することができたので、演奏家たちはずいぶんと助かっていた。私も演奏家発掘のため、ちょくちょく聴きに行っていて、オーナーとも顔なじみだった。ところがオーナーが病気になってしまい、ホールが閉館されることになってね。それで、使っていた照明や椅子などの備品を譲ってもらえることになったんだ。名前の使用も認めてもらったので、ここを"蘭越パームホール"と名づけたんだ」
⑥金子マジック
「譲ってもらった備品の中にはピアノは含まれていなかったんだけど、それをすっかり忘れていてね。慌てて探していると、この辺に別荘を持つ調律師さんが、じゃあうちのピアノを持っていくか、と声をかけてくれたんだ。夢の実現に向けて進んでいくと、そのつど協力者が現れてね、次々とレールが敷かれていくような感じだった」とホールをつくり上げていった頃の印象を金子さんはそう語る。
「慌てなかったから上手くいったんだろうね。時間をかけてたくさんの人に想いを伝えていった。その話を聞いて、音楽に興味のない人も、協力してくれそうな音楽好きの友達に伝えてくれた。で、実際その人が協力してくれたりするんだね。場所が決まると、そこからだんだん動いていくわけ。本当に建てる気なんだ、これは可能性があるぞ、と、みんなが思うようになるんだね。だから、進捗状況についてもいっさい隠さなかった。○○さんが△△について協力してくれた。ということなども全部話して回った。すると、協力しないと出遅れるんじゃないか、なんて気になってみんなが協力してくれるようになるんだ。誰かが"金子マジックだ"って言っていたよ(笑)」
コンサートホールを建てた後、隣に2階建ての家屋も建てた。1階はキッチンと食堂。2階は宿泊施設になっているので演奏家にゆっくり泊っていただくこともできる。蘭越パームホールは演奏家にとって申し分のない場所になった。
蘭越パームホールの魅力~演奏家たちのエルミタージュ
①儲けるところではありません
演奏家に出演料として支払うことのできる金額は、入場料1,500円×入場者数(毎回40人前後)分。「だから、初めていらっしゃる演奏家には必ず伝えているんです。蘭越パームホールで儲けようと思わないでください、とね」。というわけで、ここに集まるのは、蘭越パームホールを愛してやまない演奏家たちばかりだ。
演奏家たちは運営についても気を使ってくれて、少ない出演料にも関わらず、その何割かをコンサートの運営費用として置いていく。「金子さん、持ち出しでやっていちゃ続かないよ。お互い毎年続けていきたいからね。また来年もよろしく」と言って。
②特別扱いはいたしません
「運営を手伝ってくれるスタッフには、ここではみんな平等なんだから演奏家を絶対"先生"って呼んじゃいけないよと言っているんだ。で、演奏家にも言っている。特別扱いを要求するなら前もって言ってくれ、断るからって(笑)。演奏会のセッティングも、よそのホールでは専門の人がやるようだが、蘭越パームホールでは照明も何もかもすべて演奏家まかせ。そういうことも含めて、フランクなつき合いが楽しみで皆さん来てくれるんだね」
③旬の食材を使ったシンプルかつワイルドな料理が楽しめます
「演奏後の打ち上げでは、地元農家の皆さんが持ってきてくれた旬の食材を使ってシンプルかつワイルドな料理を出しているんだけど、都会では食べられない美味しさだと喜ばれている。だから季節を変えて演奏しに来たりするんだね」
④鋭い評論家がいます
「この活動を始めるまでは知らなかったんだけど、耳が肥えていて、恐ろしいくらい鋭い評論をする人が蘭越町に二人もいたんだ。第二楽章の何小節目をあなたはこういうふうに弾いたけど、ここはこういう意図で作曲されたんだから弾き方は絶対こうだ、とかね。毎年ロンドンから来る日本人ピアニストは、その人たちの意見を聞くのをとても楽しみにしているんだよ」
⑤鳥たちが共演します
「生きものというのは面白くてね。窓を開け放つと、バイオリンやピアノの演奏に小鳥たちが集まってきて、共鳴してわんわん歌うんだ。きっと波長が合うんだね」
⑥演奏家たちのエルミタージュ
「居心地がいいもんだから、演奏の2日前ぐらいから来て演奏後も3日も4日も泊まってなかなか帰らない(笑)。合宿に来たり、個人的に宿泊しに来たりということもあって、蘭越パームホールで演奏家同士の新たな出会いが生まれたりもするんだよ。私はね、ここが、演奏家の皆さんの"エルミタージュ(隠れ家)"のような存在になればいいと思っている。そこを大切にしていきたいんだ」
地元の人たちを巻き込んだ運営
「コンサートだけは自分で仕切っているけど、他の部分については、やりたいという人に任せているんだ。地元の人たちみんなで蘭越パームホールを盛り立てていきたいからね。いろんな人がいるからいいんだよ。思いがけない人が思いがけない力を発揮したりするから面白いんだ」
金子さんは、蘭越パームホールの施設や活動を活かして、もっといろんなことができると思っている。そこで、「情報誌をつくると楽しいね。ホールの隣をレストランにすることもできるよ」と、みんなに声をかけ、やってみようかなと手をあげてくれる人を待っている。「やっぱり"急がない"というのがいちばん大事だね。急いだらロクな事がない。果報は寝て待てというのは本当だね。とにかく伝えていって現れるのを待つのが私の流儀(笑)。どんな人が手をあげてくれるか楽しみに待っているんだ」
NPO法人の設立と農業への想いと、そしてもう1つ
大きな店を建てたことが金子さんの到達点ではなかったように、蘭越パームホールも夢の到達点ではない。蘭越パームホールを通じて金子さんの夢はさらに広がっていく。人を笑顔にするために、音楽以外の事業もやりたいと思い、金子さんは2006年に「NPO法人 花と笑顔と音楽の里」を立ち上げた。名称の"花"には、食べる花=農業も含めて考えているという。「これまで農家の人たちの信頼と応援にずいぶん支えられてきたからね。蘭越パームホールでの活動を通じて生まれた人と人とのつながりを活かして、蘭越の農産物の振興や宣伝にも取り組んでいるんだ」
町内の尻別川流域に広がる肥沃な水田地帯でつくられた蘭越米は良質美味と誉れ高い。「蘭越パームホールに来た演奏家たちに蘭越米のおにぎりを味わってもらっているんだ。このおいしさを知ってもらえば自ずと広めてもらえるからね。それから、近隣在住のチェリストの演奏を聴かせて育てた"チェロ・メロン"も手掛けていてね。付加価値の分だけ販売価格は高めだけど、蘭越パームホールに来る音楽好きの人たちからは好評だよ。それと、少しでも農家の人たちの収入が増えるようにと思い、熟しすぎなどで出荷できない"投げる(捨てる)"トマトやいちごを買い取って、ジュースやジャムの試作もしているんだ」
金子さんは、蘭越パームホールで、農産物や特産品を常時買えるようにしたいとも考えている。「販売は農家の人たちにやってもらおうと考えているんだ。お客さまの声を聞くよい機会になるからね。そのとき肝心なのは、これを仕事だと思わないこと。仕事じゃないから面白いんだね。いいかげんだから楽しい。だから続くんだ(笑)」
そしてもう1つ。物語を考えるのも好き、という金子さん。「いつか、音楽と地元の自然と蘭越パームホールを題材に、ちょっと悲しくて美しい物語を書くつもり。物語が出来上がったら、それに曲付けてもらって、子どもたちの前で朗読してね、子どもたちに涙を流させたいなあと思っているんだ」と、いたずらっぽく瞳をキラキラさせて夢を語る金子さん。この夢もきっと...。
北海信用金庫からのメッセージ
金子さんは、ニセコ連峰に囲まれた蘭越町をこよなく愛する人物です。
過疎化が進む中、「音楽を通して人を笑顔にし、人の輪を広げて行きたい」との夢を実現しつつあります。自らコンサートホールを建て、著名な演奏家を招きコンサートの開催にとどまらず、地元農家の協力を得て、演奏家に蘭越米、メロン等々の食材を賞味していただき、蘭越農産物や特産品のPRを行うなど、地元振興に役立つアイデアを次々と生み出し、夢は尽きることがありません。
人と人との繋がりを第一に地場産業を盛り上げる熱意に、当金庫も地域貢献に尽力しなければと励まされる思いです。
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