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マチの聴こえる回覧板-自由意思と善意がつなぐまちづくり
 ~株式会社 エフエムもえる
   代表取締役 佐藤 太紀(さとう たいき)氏

2011-08-03

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JR留萌駅の2階から、24時間365日、コミュニティエフエム放送が流れている。この地域密着型のコミュニティ放送局を支えるのは、経営面をつかさどる『株式会社エフエムもえる』と、運営母体であるボランティアネットワーク『エフエムもえるメンバーズクラブ』の両輪。このコミュニティ放送局をスタートにして、佐藤太紀さんと仲間のみなさんが目指すキーワードは、"コミュニティ・シンク・ドゥ・タンク"。それはいったい...?



まちづくりへの想い

まちづくりを巡る論議が盛んになった1990年代後半、佐藤さんは実家の建設業を継ぐべく、日々現場を奔走しながら、市民が独自に行っていた会合にも参加していた。「行政は情報をくれないし、過去と同じことを続けるのに精一杯で、新しいことを始める余裕なんてなかった。それなのに、自分も含めて市民は勝手なことを言って。行政不信と民間不信が連鎖のようになっていました。そのころは留萌が嫌いでしたね」
そして、2000年頃、知人の紹介で知り合った月尾嘉男東京大学名誉教授の「これからの日本は地方が変えるんだ。最も辺境の留萌は是非いいじゃないか」との言葉に触発され、「留萌を面白くしてやろう」との想いが湧いてきた。佐藤さんが心掛けたのは、自分の発言に責任を持つことと、それを実際に行動に移すこと。言ったことは一生懸命にやる。自分から始めようという想いが強くなった。



コミュニティ放送局との出会い...

2年後、知り合った国土交通省の方から「稚内にコミュニティ放送局がある。面白いから行ってみよう」と誘いを受けた。「お役人の言うことだから、お付き合い程度に」と軽く考えていたものの、何度も視察に行くうちに、ちょうどそのとき佐藤さんが抱えていた「一部の人だけでなく、自分も誰もが参加しないと地域は変わらない。誰でも参加できる仕組みってなんだろう?」という問いと結びついた。「これは使える!」
「そのお役人さんは、地域に溶け込んで、地域のペースでまちづくりを手助けしようという熱意のある方でした。本当に何の得もないのに、放送局をやろうと言ったのは彼ですから、重要人物ですね(笑)」と佐藤さんは振り返る。まず2003年5月、祭り会場などで半径50mのミニエフエムを始めた。「怪電波を流してるんじゃないか」と疑われたこともあったが、総務省総合通信局から「やるならちゃんとやったら?」、留萌市から「応援するよ」などと言ってもらえるようになった。
2004年1月から3ヶ月間、イベントエフエムとして試験放送を行った。スポンサーを募ったり、リスナーの反応を見たりする中で、手応えを感じ始めていた。ただ、佐藤さんを含め、全員がボランティア。「きつくてやめようと思ったこともあった」。試験放送を重ねていくにつれて、技術を持つ人や手伝ってくれる人が10人、そして100人と集まっていった。「僕だけじゃなく、僕が探した人がさらに探してくれたりして、輪が広がっていきました」
佐藤さんがやると決めた最大の理由は、「あいつら遊んでるぞ」「土建屋の息子がお遊びでやってるんじゃないか」といった心ない声に対し、「お遊びでこんなことできるか。やってやろうじゃないか」と逆に奮起したから。「やるメリットより、やめるデメリットの方が大きいなって思いました。まちづくりと言っても、やっぱりお遊びだったんじゃないか。今後何をやっても、きっとそう思われてしまう」
rumoi-2.jpg 準備を進めていく中で立ちはだかったのが、出資の壁。政治的にも経営的にもバランスのとれたところでなければならない。10回以上訪問した株主や、一緒に20軒30軒と回ってくれた株主もいる。「そういう方々にあちこちに連れて行っていただいたおかげで、支援の裾野を広げることができました」。今は大株主4社と、商工会議所、留萌信用金庫、ほか10社ほどの企業、個人が積極的に支援してくれている。
そして2004年10月、『株式会社エフエムもえる』を設立し、同月24日に開局した。エフエムもえるの受信エリアは約3万人。「大都市になると、コミュニティ意識がほとんどない。そこで地域密着と言ってもぴんとくるはずがないですよね。留萌はまちの規模、サイズがちょうどよかったんです。出演する人と聴く人がいつでも入れ替わることができる。丸1日聴いていればだいたい知っている人が出てくるんですよ(笑)」



両輪の仕組み

経営と運営の両輪という仕組みの中で、その一つである株式会社は、機材などのハードを提供し、営業や資産運用などの方向性を管理するという経営を支える役割を担っている。両輪のもう一つ、運営の母体であるボランティアネットワーク『エフエムもえるメンバーズクラブ』は、メンバー約1,000人から成る運営委員会を擁する最高決議機関である。
この仕組みは、視察で見てきた稚内や札幌などのコミュニティ放送局の理想をかたちにしたもの。「会社は運営ボランティアに"やってもらっている"と思っているし、ボランティアは会社に"機材・設備を使わせてもらっている"と思っている。どちらが上とかはなく、ちゃんと相互が自立しながら、経営と運営の両輪として動く、というかたちでやっています」
佐藤さんがこだわるのは自由意思。「あくまでゆるやかなネットワークにこだわって、メンバーの自由意思を尊重した善意に基づく仕組みを構築できていると思います」。"やれるときに、やれることを、やれる人がやる"、"当たり前のことをちゃんとやる"、これが合言葉になっている。「それが広がることで、まちづくりなんて言葉がいらないくらい、やるべきことをやろうってなっていく。誰1人欠けても、誰1人だけでもこの形にはならない。それが今のエフエムもえるです」



"真っ白"な出資に対する"真っ黒"な番組表

番組編成は、メンバーズクラブの中から選ばれた曜日担当者が担っている。民謡のお師匠さんの番組、地元農業の番組、お母さんの井戸端会議のような番組、高校生が作る番組、アニメや子供が出る番組...。最高齢81歳の方や、自分では聴けない愛知県在住の方の収録番組など、本当に幅広い。
「全部が看板番組。色が濃いんです。これだけのコンテンツを集めると、留萌以外の人が聴いてもおもしろくないという自負心があります(笑) 。地元の人が地元の言葉で地元のものを伝える。そういうインタラクティブ(双方向)なメディアになりました」。入れ替わりはあるものの、番組の総体数は減らず増えず、ずっとあるという。
rumoi-3.jpg そんな番組の基準は、「非常にあいまいなんですけど、常識は捨てて、良識を持ってくださいということ。それと、批判はいいが、悪口はだめ。この仕組みそのものが人の善意を基に作られていますから、そういう意味でもパーソナリティの皆さんを信用しています」
 メディアとしての中立性を重視して、「出資はどこにも片寄らず"真っ白"、逆に番組はどんな色が入ってもいいように、いろいろな色で"真っ黒"にしてあります。みんなで使える場を作りたかったので。みんなで使える放送局=回覧板ですね」
 吹雪の中、CD数枚を持って「これをかけろ」とだけ言って、名前も名乗らず帰ったありがたい方がいたり、部屋の家具類もほとんどが頂きものだったり、「まちのみなさんの力量を少しずつ寄せ集めてもらうことで、いろいろなことができています」




動き出した"コミュニティ・シンク・ドゥ・タンク"

今後の展開についてはどう考えるのか。「これからも情報の発信だけでなく、『受』発信にこだわっていきたい」。そのためのキーワードが、シンクタンクを一歩進めた"コミュニティ・シンク・ドゥ・タンク"。それは、地域の課題を解決するために、一緒に考え、行動し、解決していく仕組みを作ること。放送の限界を補うために、フリーペーパーやホームページ、ガイドブックを手掛け、そしてさらにいくつかの事業を立ち上げている。

○コミュニティカフェテリア(月2回):留萌にある少量でも多品目かつ良質な食材を、外に出すだけでなく、地元で食べられるようにする。地元のものを地元で食べる習慣を作る。
○ヒラメオーナー制度(3年目):遠別町のヒラメ漁の網のオーナー40人を募集する仕組みづくり及び運営補助。
○デザインコンセプト:地元婦人会の作る昔懐かしい米菓子"ほしおこし"のパッケージデザインやコンセプト制作、製造工程の見直しや販路の開拓。
○旅行体験観光プログラム:良質の観光プログラムを組み、コンシェルジュとしてツアーをコーディネイトする。留萌は観光で成り立つまちではなく、訪れる方も受け入れる方も少ないからこそできる、手厚くフォローする仕組みを作る。

佐藤さんの想いは、最初からまったく変わっていない。「環境に応じて手法を変えていかなきゃいけないこともあると思うんです。でも思想まで変えてしまうと、何が何だかわからなくなって、信用を失ってしまいますから。よくあまのじゃくと言われますが(笑)。常に誰もやらない新しいことをやりたいなって思っています」
佐藤さんは留萌の子供達に対して「内向きでもいいと思います。内向きでも、外を知ったうえで内向きになるように、正しい情報を伝えたい。だめなところも知ったうえで、自分のまちを自慢できるようにプライドを持ってもらいたい。自分の意思で、ここが面白いから帰ってきたいと思えるまちにしていきたいですね」と語る。
最後に、起業への第一歩を踏み出そうとしている方達へのメッセージとして、佐藤さんのモットーを伺った。「多くの人が求めていることで、それが正しいことであれば、そこにビジネスチャンスはあると思います。地域の将来像を自分なりに描いて、それが必要な機能であれば、面倒なこともやる。儲からなくてもやる。迷ったらやる。やらない理由を見つけないことですね」



留萌信用金庫からのメッセージ

一体いつ寝ているんだろう?と思うくらい毎日精力的に活動されています。手探り状態から始めた「エフエムもえる」の開局には大変な苦労があったはずなのに、それを感じさせない明るさを持っています。「熱意の人」という言葉がぴったりの佐藤社長。「エフエムもえる」が地元の皆さんに愛されるのは、地元再発見の大切さを教えてくれるから。当金庫の職員もパーソナリティとして参加しています。これからも、地域の輪を広げて「るしん」とともに地域密着で頑張りましょう。


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