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地元に新風を吹きこめ!-地元愛が『なんと』を生んだ!
 ~米崎印刷株式会社 取締役常務 米崎顕(よねざきあきら)氏

2011-10-12

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徳島県の県南、"南の都(みなみのみやこ)"のお店や人、イベントを紹介するフリーペーパー『なんと』! それは、同県阿南市にある米崎印刷株式会社の取締役常務である米崎顕さん(39歳)の地元愛から生まれたものだ。地元の人なら知っている、幅広い読者層を持つ『なんと』。阿南に来たらまずは『なんと』をチェックしよう!



実家に戻る

神奈川県内の大学を卒業した後、東京都内の印刷の専門学校に通っていた米崎さんが、家業の印刷業を手伝うために実家のある徳島県・阿南市に戻ってきたのは25歳の時。
「当時米崎印刷は、父と母と従業員2人の個人事業でしたが、僕が加わって5人体制になりました。最初は戸惑うことも多かったのですが、次第に周りの状況が見えてきました。痛感したのは、東京と阿南とのギャップです。東京で当り前に行われていることが、阿南では行われていないということが結構ありました。例えば、印刷会社がパソコンを使って制作するということも、東京では普通のことでしたが、阿南では非常に珍しいことでした。そこで、東京と阿南のギャップを埋めるように、東京でやっていることを取り入れていくことにしました」画像 070.jpg  米崎さんが新しいビジネスモデルや制作方法などをどんどん取り入れていくと、仕事も従業員も自然と増えていった。米崎さんが戻ってから14年経つが、その間、米崎印刷は2003年に有限会社に、2010年は株式会社となり、現在、従業員は20人となった。
 「ただ、その変化は非常に緩やかなものでした。確かに自分の考えた筋書きどおりに事業は進んでいったのですが、そのスピードは考えていたよりもかなり遅かったですね。新しい提案をしても、お客さまからすると、どういう結果が出るのかわからないので相当抵抗感を持たれたようで、受け入れてもらうまでに非常に時間がかかりました」



『なんと』発刊!~地元を元気に~

①『なんと』発刊の想い


2007年1月に創刊した『なんと』は、都会で流行しだしたフリーペーパーのアイデアを、米崎さんがいち早く取り入れたものだが、これは儲けのために始めたものではない。米崎さんの想いは別なところにあった。
画像 060.jpg  「阿南市は田舎ですが、それでもいろいろなお店があります。ところが、小さな商店とか家族経営をしているところとかは、自力で広告することができないんですね。例えば、1万枚のチラシを新聞に折り込んで宣伝しようとすると、広告デザイン料に印刷代、折り込み手数料に配達料、トータルで10万円以上はかかるでしょう。その費用が出せない」と、地元のお店の苦しい台所事情を説明してくれた。
「そこで、地元のお店がもっと安価に広告できる仕組みとして、フリーペーパーを発刊することにしました。うちは印刷会社ですから、もちろんチラシなども発注してもらいたいのですが、それよりも何よりも地元が活気づかないとまずいと思い、もっと自分の店をアピールしてもらおうと考えたんです。印刷会社は、地元に元気なお店や会社があるからこそ、そこから仕事をもらって事業を続けていられるのですから、地域活性化は重要な問題です。また、印刷業界自体が縮小傾向にあるなか、何か変えていかないといけないという問題意識もありました。最初は5,000部から始めた『なんと』ですが、徐々に部数は増えて、今は1万6000部。それでも『なんと』だけでは利益は出ません。でも収支をトントンにすることが当初からの目標だったので、それでも構わないと考えています。広告代を払うのがしんどいというお店の人たちのために発刊しているのに、儲けのために広告料を高くするのは、そもそもの趣旨に反します。ですから、広告料は地元のお店の手の届く範囲に抑えています。」ときっぱり語る米崎さん。
「そのかわりに、『なんと』を見た方から、『米崎さんのところでは、こういうものも制作できるんやな。それやったらちょっとチラシを作ってもらえないかな?』というような声がかかるようになり、ありがたいことに仕事が広がっていきました」



②軌道にのるまで

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「『なんと』を始めようと考えた頃には、従業員も10人超、DTP(※)のオペレーターやデザイナーなどもいたので、会社的にはちょっとした仕事はできる状態にありました。そこで、フリーペーパーを発刊するという企画をスタッフに説明したのですが、それぞれの負担が増えるんじゃないかという不安もあって当初は消極的な反応でした。確かに弊社くらいの規模の印刷会社には荷が重い仕事ではありましたが、話し合いを続けました。発行サイクルについても、大変だから隔月発刊か季刊でどうか、という意見が出されましたが、情報誌ということで店の内容を届けるのであれば、期間があくとそれだけ情報鮮度が落ちるので、最低でも月刊でやると僕は譲りませんでした」
 こうして『なんと』の発刊を決めてから、1ヵ月で創刊号の発行に漕ぎ着けた米崎さん。
「軌道に乗るまでの半年は、本当にしんどくて、白髪がぶわっと増えました(笑)。これまでの仕事をこなしたうえでやっていたので、もう時間に追われて。月刊にしたのは失敗したなあと思ったり(笑)」
中でも一番大変なのは広告の掲載店を集める営業。それを米崎さんと60歳を超えたお母さんが担当した。地元のお店のことを考えての『なんと』発刊だったが、最初は思ったように話が伝わらず、なかなか話に乗ってもらえなかったという。
 「そこで知り合いのところに広告掲載のお願いをすることにしました。ありがたいことに快く協力してくれました。すると、『なんと』に広告を掲載したら来店客が増えた、という反響が出てきたので、そこから掲載希望も増えてきました。当初は16ページでしたが、今では40ページになっています」
(※)DTP :desktop publishing。パソコンなどのコンピュータを利用して、印刷物の企画・デザイン・版下作業などを行うこと。



③今後の『なんと』

「これからは、『なんと』を発展させて、さらに地元のお店のお役に立ちたいと考えています。『なんと』を通じて、阿南にはこういうお店があるんやということを、外部の人にも知ってもらい、足を伸ばしてもらいたいと思っています。もしかしたら何年後かにはフリーペーパーという形ではなくなっているかもしれませんが、形は変わっても、地元のお店のお手伝いをしていきたいという考えは変わりません」



田舎の現実

米崎さんの地元を元気にしたいという想いの裏には、地元の将来に対する危機感がある。「地元にずっといるとなかなか気づかないのですが、一度離れたことによって、地元に対していろいろと問題意識を持つようになりました。徳島県の中でも、僕が担当する阿南市から南のエリアは、田舎まちです。山道を車で走っていると、救急車とすれ違うことがあるのですが、手遅れにならなければいいんだが...と心配に思います。山のほうからだと病院まで1時間程度はかかります。徳島の南端からだと、一番近い産婦人科までは車で3時間です。路線バスもどんどん廃止され、足を奪われた高齢者は仕方なく車を運転するのですが、事故率が非常に高く問題になっていたりもします」と米崎さんは厳しい田舎の現実を説明する。
 「少し昔だったら、都会で流行っているものや新しいものは、みんな田舎にも入ってきましたが、今はそうではありません。交通機関でいうと、今走っている汽車(ディーゼル車)が電車になることはないし、スイカなどのICカードに対応するシステムも導入されないでしょう。これまであったものがなくなり、新しいものは入ってこない。切って捨てられるような感じがするんですよね。これでは人もいなくなりますよね」
 それでもなんとかなっているのは、阿南市が、LEDのシェアが世界トップの日亜化学工業株式会社の企業城下町だからでもある。しかし、米崎さんはそのことについても非常に危惧している。「日亜さんは地元意識が強く、徳島大学からの採用を広げるなど、地元を大切にする企業で、非常に尊敬しています。けれどもし、日亜さんが拠点を阿南から別のところへ移したら、市全体が立ち行かなくなってしまいます。頼り過ぎるのは危険です」



徳島の海、山、川でアウトドアを満喫しよう!

「徳島県は確かに田舎ですが(笑)、田舎ならではの魅力もたくさんあります。サーフィンやシーカヤックそしてダイビングができる海、ツーリングやトレッキングさらにはロッククライミングまでできる山、それから清流下りができる川と、アウトドアを楽しめるところがたくさんあります。ただそのことが全国にあまり伝わっていない」 
これまで『なんと』を通じて地元の人同士をつないできた米崎さんは、今度はアウトドアなどの観光を切り口にした情報を全国に発信し、徳島と全国の人たちをつないでいくことを考えている。
「県内では、アウトドアをはじめとする観光関連のイベントがいろいろと催されますが、主催者が様々なので情報の発信のされ方がバラバラです。そこをもう少しまとめて、全国に徳島を売り込んでいけばいいのではないかと思っています。今でも、数は少ないですが、充実したアウトドアライフを送るために県外から移り住んでくる方もいるんですよ。その流れを広げていきたいですね」と米崎さんは熱い胸のうちを語る。



阿南信用金庫からのメッセージ

"地元をこよなく愛する人"という印象が強い米崎さん。月刊タウン情報誌「なんと」の立上げ時のご苦労は計り知れないものと思います。ですが今や「なんと」はこの阿南市で欠くことできない"街の一部"としてとけ込んでいます。これからも、その熱い気持ちを持ち続け、地元発展のために一緒にがんばりましょう!



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米崎印刷株式会社さんのホームページ(http://www.yonepri.com/)に、「なんと」(2011年7月号から)と、同社が手掛けた各自治体の印刷物-「広報あなん9月号」、「南阿波アウトドア道場」、「南阿波丼大会」―のデジタルブックが掲載されています。
 阿南の魅力がぎっしり詰まったコンテンツ。お見逃しなく!

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